夜9時から11時過ぎまで、東京の下北沢のカフェ書店「気流舎」で、歴史社会学者の小熊英二氏を囲む集いが行われた。『〈民主〉と〈愛国〉』読書会の締めくくりという性格上、氏の話は同書についてのものが主だった。年内に刊行を予定している近著にも触れた。

 その時の小熊氏の話は以下の通り。なお、これは私の記憶に基づいて私の責任で記述したものである。一字一句そのままを書いているわけではない。

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●『〈民主〉と〈愛国〉』について
・ 表紙は自分で2〜3案用意し、デザイナーと話し合って決めた。初版の帯も自分で書いた(最後の一行だけは新曜社の前社長の文)。

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性


・ 大学生には国民的歴史学運動の章が予想以上に受けた。石母田正さんかわいそう、といった声を聴いた。

・ 思い返すに、本書を書いた動機といえそうなものは三つ。

(1)「公」についてのまともな議論を提示したかった。
(2)インドに行き、貧富の差、そんな中での知識人のあり方、ナショナリズムについて考えた経験。
(3)編集者としての経験。戦後知識人の集まりでお茶を入れていたとき、都留重人がいつも蝶ネクタイなのはなぜだろうと思ったりしたことなど。

・ あとがきで父の話を書いたのは親孝行もあるが、父の裁判に対するマスコミの扱いが諸事情により小さかったこともある。

・ 六十年安保の章はエンターテインメントに徹して書いた。たとえば(六十年)ブントを主体にして書いたら全く違うものになるだろう。(六十年)ブントにとっての安保は4月26日の幹部の逮捕で終わっているともいえる。

●近著について
・ 次の本は1965年から1972年までを扱う。

・ あの時代には現代の―拒食やリストカットや生きづらさといった―問題が既に出ている。

・ 次の本を読んで激怒する人は多いだろう。逆に、憑き物が落ちたようになる人もいるだろう。

・ あの時代については日本一調べた。連合赤軍論にしても全体の脈絡からの位置づけはあの人もこの人もできていない。

・ 学園紛争を担ったのはミドルクラスの子弟が主だった。これは当時の調査から明らかである。

・1968年の運動の世界同時性などというが、あの辺の議論にはこじつけが多い。その当時学園紛争が盛り上がったのは一部の先進国だけである。アメリカとフランスとドイツ、それとイタリアくらい。イギリスは盛り上がっていない。アメリカの場合は上流階級の子弟が多かった。フランスの五月革命はパリの大都市だけで地方まで波及していないが、労働者が呼応した点でむしろ六十年安保に近い。中国の文化大革命は全く異質。

三島由紀夫全共闘のことなど全く解っていない。全学連との区別さえついていない。そもそも三島を東大に呼んだのは、学祭のためにでっち上げた東大糞災実行委員会(*)という一種のパロディー団体であって、その記録を新潮社が『三島由紀夫vs東大全共闘』というタイトルで出版して売れただけの話だ。

全共闘なりベ平連なりの組織のあり方の新しさはよく取り上げられる。が、当時の論文を読むと、脱工業化社会の経営においてはこれまでのピラミッド型組織からアモルフなプロジェクト型組織に転換すべきである、といったことが論じられている。こうした文脈の中に位置づけることができる。

(*)『1968』では「東大焚祭実行委員会」という別の名称になっていた。正確な表記がわかったのだろう。

●余談

80年代についてはどうなんだと言われることもある。じゃあやって、と言いたい。じつは若手研究者を集めた勉強会があった。ある年代は、「80年代はレーガンサッチャー、中曽根の新自由主義だろう」という。年代がひとつ下がると、「いや、80年代はDCブランドだろう」という。もうひとつ下がると、「いや、80年代はコロコロコミックだろう」という。そりゃ実感としてコロコロコミックかもしれないけど(一同笑い)。

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 ここで言える話はこのくらいである。むろん全部ではない。活字になっている話、ネット上に既に載っている話とあまり重複しないような配慮もした。

 小熊氏は予想していた以上にずばずばと物を言う人であって、彼の人間観に限って言えば、確かにずばぬけて行き届いた理解はあるが、やはりまだまだという面もある。

 id:reds_akakiさんも前に同趣旨のことを言っていたと思うが、小熊氏の本はありがたがって読んで終わりにするのではなくて、良い意味で乗り越えるべきものである。そのように改めて思った。

 ここで言うのはどうかと思った話について興味のある人はメールでも下さい。

[追記]表記を直しid表示にしました>赤木さん
「4月26日」は特に問題がなかったようです。
言い回しを思い出したので訂正。

[さらに追記]同イベントのid:OUT-1さんによるレポートです。http://d.hatena.ne.jp/OUT-1/20080115/1200501167