旧ソ連の教訓

 塩川伸明社会主義とは何だったか』( 勁草書房、1994年)は口に苦い良薬のような本である。旧ソ連は、マルクス主義に基づいた革命党によって生まれ、スターリン大粛清を含むジグザグの道を辿りつつ解体した。その蹉跌の経験を踏まえることなしにオルタナティヴはあり得るのか、あり得ないだろうという著者の意見はもっともである。これからの社会、これからの世界を考える人にぜひ読んでいただきたい本の一つである。
 以下、具体的に内容を見ていこう。

 著者は、スターリン主義の歴史的経験から学ぶ最大の教訓は、「敵を利さないよう自陣営の問題に目をつぶる」ようなことは止めたほうがよい、ということだとする。そして著者は、“共鳴する傾向に都合の悪いことを…軽く扱う態度は、長期的には運動の堕落を招く”と続ける。

 さらに著者はソ連の歴史を振り返りつつ、“あらゆる理想…は「歪曲」を伴いつつ現実化される” “とすれば、「歪曲」を伴った現実化こそが…理念の受肉された形”であり、“本来の理想の受肉があり得るなどと考えるのは空論”とする。言われてみればその通りである。
また、“マルクス主義者でも社会主義者でもなかった人の方が…「自由主義の危機」「資本主義の危機」について透徹した認識を持っているようにもみえる”とし、
井上達夫「自由をめぐる知的状況」(『ジュリスト』1991年5月1日)や竹内啓「『体制』としての資本主義と社会主義」(『世界』1993年1月)を挙げている。これは読んだほうがいいな…。

 そして著者は、真木悠介によるオルタナティヴな体制の二類型に触れ、現実的な改良としては、「コミューン」型ではなく「最適社会」型しかあり得ない、と説く。これも、言われてみればその通りかもしれない。

 著者は言う。“混乱のもとは、「善が(あるいは有能なものが)勝つ」という暗黙の前提にある。” “現実は、「善ではない資本主義が、それでも勝ってしまった」ということ”であり、その“苦さをかみしめなくては”と。

 では社会民主主義なのか。(ゴーデスベルグ綱領以後の)“社会民主主義路線の革新は労働組合…を基礎とした労働者の福祉向上にあった。…しかし、…エコロジーフェミニズムエスニシティー等々…に対し、伝統的な労働組合はむしろ保守的”とし、“大企業の正社員の賃金工場・地位安定・福利厚生は、それ以外の層の排除や資源の浪費、環境の破壊の上に成り立っているとしたら…矛盾がある”のであり、“この矛盾をどう解決するか”という重い課題を突きつけている。

 また、こういうこともある。“伝統的な社会主義思想は、社会主義こそが資本主義を上回る生産力発展をもたらし、そこにこそ優位性があると主張してきたはず”と。
(これに関しては見田宗介現代社会の理論』あたりでも何か言っていたと思う。要確認)

 “ソ連・東欧社会主義の蹉跌は、…理想主義的な運動に一般的に潜む陥穽とも関係するのではないか” “高い目標・理想を掲げる運動は一般に独善主義に陥りやすい”とも著者は言っている。まぁな…。

 そして、“自分のやっているごく狭いことが、…より広い社会とどういう接点をもつのか、また他の人々の営みとどのような共通理解を持ちうるのか”が大切だと著者は言い、“問題は社会科学における思想性の回復”とする。
展望があるとしたらこのあたりだろう。